オゾンとプリオン

プリオン病の歴史と最近の神経変性疾患の研究動向を考えると今後オゾンとプリオン病の関連は重要になるかもしれないと思い、本記事を執筆いたしました。
そこで、本記事では特にプリオン病とは何かを丁寧に解説しながら、プリオン病とオゾンがなぜ関連するのか、そしてそれがなぜ今後神経変性疾患研究で重要なのかを説明させていただきたいと思います。

抗菌・抗ウイルス効果図

オゾン(O₃)とは酸素(O₂)の同位体で、酸素にもう一つOがくっついた化学式O₃で表されます。

オゾンは発生器で容易に発生でき、抗菌・抗ウイルス効果を示し、すばやく空気中の酸素に戻ることができるため、除菌と消毒ができる地球にやさしい抗菌物質として注目されています。

本記事で扱うプリオン病とオゾンとの関連はあまり一般的ではありません。

草を食べる牛達

プリオン病はプリオン蛋白質が原因で引き起こされる神経変性疾患です。

有名どころだと牛海綿状脳症(BSE)で、こちらの病気は一時期ニュースを賑わしたと思います。

プリオン病が他の病気と一線を画しており、ニュースになった理由はヒトへの感染性と予防の難しさです。

通常の感染性の疾患はウイルスか細菌が原因のため、これらが活動しない温度やpHに置くと不活性化し、予防ができます。
しかしながら、プリオン粒子は通常の消毒・殺菌の環境下に置かれても感染性を失うことはありません。

それゆえ、一部の国でヒトへの感染を引き起こしてしまったのです。
また、プリオン病は疾患としての危険性が極めて高いです。
BSEの場合ヒトに感染すると変異型クロイツフェルト・ヤコブ病という病名になります。

クロイツフェルト・ヤコブ病は認知症も伴う疾患で脳内が海綿状になり、数ヶ月以内に寝たきりになり、死に至ります。
対症療法としての治療もなく、一度疾患が発症すればできる治療がありません。

マウス

通常哺乳類の細胞内でプリオン蛋白質が異常型になることはほとんどないとされています。

しかしながら、一度異常型のプリオン蛋白質が体内(脳内)に取り込まれると脳内は異常型のプリオン蛋白質でいっぱいになってしまいます。

これはつまり、異常型のプリオン蛋白質が内在性(もともと存在する)の通常のプリオン蛋白質を異常型に変換することを意味します。
専門用語でシーディングといいますが、異常型のプリオン蛋白質はそれ単体で正常型のプリオン蛋白質を異常型に変換してしまうのです。

そして、この変換効率は恐ろしいほど高く、一度異常型に変換されたプリオン蛋白質は正常型をどんどん指数関数的に異常型に変換していってしまうのです。

この実験結果はマウスやラットといった実験動物を使った研究だけでなく、試験管内の蛋白質実験でも確かめられています。

ノーベル平和賞センターの外観

摩訶不思議なプリオン蛋白質の感染機構ですが、今でこそ蛋白質単体での病原性が一般に信じられています。

しかしながら、プリオン病の発見当初はスローウイルス(未知のウイルス)がプリオン病の発症に関わっているという説が有力でした。

実験動物を用いたプリオン蛋白質の感染性の実験はそんな世論・学説と戦いながら2人のノーベル賞受賞者が確立していったのです。

プルシナーによるプリオンの発見

ウイルスイメージ画像

ガジュセックは今でいうプリオン病の感染性粒子がなんらかの形(スローウイルス)で存在することを見出しました。
しかしながら、その感染性粒子が実際にどのようなものであるか見出すことはできませんでした。

理由はガジュセック自身が医学者で公衆衛生学や疫学を得意としていたためです。

プルシナーは医師でありながら、生化学者でもありました。
彼は医学的な知見をもちながら生化学領域にも明るく、プリオン病の感染性粒子発見の謎解明のための技術知識を兼ね備えた研究者でした。

一般にウイルスは核酸(DNAかRNA)が感染のために必要で、細菌は熱や化学変性に弱いことが知られています。
そこで、プルシナーは核酸を分解し、細菌感染を防ぐ処理をした後にも感染力を持っていれば感染性粒子の本体は蛋白質ではないかと考えます。

プルシナーはそれぞれの処理を行った脳サンプルを実験動物に打ち込み、死後実験動物を解剖し、疾患の感染を評価しました。

結果はこれまでウイルスや細菌感染の抑制に必要とされていた処理をしても感染性を保っていることが見出されました。
つまり、これまで考えられていた(スローウイルス)とは全く違う感染粒子であることが想定されます。

そこで、プルシナーは蛋白質が感染粒子ではないかと考え、蛋白質の変性剤を入れた後に実験動物を用いた感染性実験を行うと感染性が失われることを見出しました。

本成果からプルシナーはクールーといったスローウイルスというくくりでまとめられていた疾患の原因因子が蛋白質であることを見出し、プリオン(Proteinaceous infectious virion)と名付け、疾患群をプリオン病と名付けました。

ノーベル賞は賞のコンセプト的にも分野への貢献で与えられることが多く、そのため受賞者のほとんどが数十年前の成果によって受賞しますが、時に野心家の研究者は科学界における最も崇高な賞であるノーベル賞を狙って取りにいきます。

プルシナーは実力を伴った野心家であるといわれ、プルシナーのノーベル賞受賞は科学史においても非常に興味深い内容となっています。
このあたりは福岡伸一さんの「プリオン説はほんとうか? タンパク質病原体説をめぐるミステリー」に詳細に記述されています。

ワイシュマンの実験

研究

プリオン発見の歴史は様々な媒体で記述されていて、特にガジュセックとプルシナーはノーベル賞受賞者であることからいろいろ解説記事を見かけます。

本記事ではもう一歩踏み込んでプリオンのことを解説し、オゾンによるプリオンの不活性化が如何にインパクトがあるかを説明させていただきます。

そこで、外せない役者はワイシュマンです。
ワイシュマンの研究業績は上述の2人のノーベル賞受賞者と遜色なく、超一流の科学者です。
プリオン領域での研究成果はプリオン蛋白質のクローニングと試験管内でのプリオン蛋白質の凝集化です。

一つずつ解説させていただきます。先程プルシナーがクールーの感染性因子をプリオンと名付けたという話をさせていただきましたが、この段階ではプリオンがどのような配列を持った蛋白質であるかは明らかではありませんでした。

蛋白質は一般に、その局在や機能によって様々な分類がなされます。
それらは構造という最も蛋白質科学領域の基本的な概念に基づかれており、その蛋白質の構造は蛋白質のアミノ酸配列によって定められています。

ちなみにアミノ酸配列によって蛋白質の構造が一意的に決まるという法則はアンフィンセンのドグマとして知られていて、こちらもノーベル賞となった研究です。

プリオンに再び話を戻すと、プリオンが蛋白質由来の感染性粒子であることはプルシナーが明らかにしていましたが、プリオン蛋白質というものが何であるかはよく理解されていませんでした。

そこで、ワイシュマンは分子生物学的な方法を用いてプリオン蛋白質のアミノ酸配列を決定しました。ここにプリオンがある一つの蛋白質の構造が原因で生じる疾患であることが決定づけられたのです。

さらに、ワイシュマンはプリオン蛋白質を体内で全く作ることができないマウス(ノックアウトマウス)をつくり、プリオン蛋白質の生理的な機能の解明を目指します。
驚いたことにプリオン蛋白質ノックアウトマウスは全くもって普通のマウスだったのです。

当時ノックアウトマウスの作成は一年以上かかるといわれており、ワイシュマンの落胆ぶりは想像に難くないと思います。
ただ、神はワイシュマンを見捨てず、セレンディピティーが舞い降りるのです。

なんとプリオン病患者又はプリオン病に感染した実験動物の死後脳を健康な実験動物に打ち込む実験をプリオン蛋白質ノックアウトマウスで行うとプリオン病の感染性が消失したのです。

言い換えますと、プリオン蛋白質ノックアウトマウスはプリオン病に感染しなかったのです。
つまり、内在性のプリオン蛋白質はプリオン病発症のために必要な蛋白質であるといえ、ここでプリオン蛋白質がプリオン病の必要条件だということが一般的になりました。

さらにワイシュマンはプリオン蛋白質の異常型の増幅が試験管内でも生じることを示しました。
ここで、異常型のプリオン蛋白質とは何かを改めて詳細に解説させていただきます。

異常型のプリオン蛋白質とはβシートを豊富に含んでいることは先に解説させていただきました。
しかし、そもそもそれをどうやって検出しているのかと、何に基づいて議論されているかはこの言葉から伝わりにくいです。

古典的に病理学領域でβシートを豊富に含んでいる構造物をアミロイドといいます。
アミロイドはβシートの中でもクロスβという構造を形成しており、フィラメント状の高次構造をしています。
βシートの形成の可否は分光学的な方法で検出し、アミロイドの形態は電子顕微鏡で観察し確認します。

異常型プリオン蛋白質も上記のような方法でワイシュマンによってキレイなアミロイド繊維を形成することが確認されました。
加えて、ワイシュマンは種間の異なったプリオン蛋白質が種の壁を超えて伝搬することを試験管内の実験から示しました。

これらの成果はプリオン病がプリオン蛋白質によって引き起こされるとするプルシナーの学説を強烈に支持するもので、今日でも語り継がれる素晴らしい論文となっています。

イメージ画像

さて、では異常型プリオン蛋白質の感染性はどのように抑えることができるでしょうか。

先に述べました異常型プリオン蛋白質が形成するアミロイド構造は非常に強固な構造でエネルギー的に安定しており、ちょっとやそっとでは構造はこわれません。また濃度がごく微量でも感染性をもってしまうため、取扱いには注意が必要です。

他の感染物質と比較して化学物質や熱への耐性も非常に強いです。
そこで、Kinetics of Ozone Inactivation of Infectious Prion Proteinという論文を発見した時、オゾンの新しい可能性を見たのです。

感染性プリオンのオゾンによる不活性化カイネティクス
本論文は異常型のプリオン蛋白質がオゾンによって感染性を失うことを実験により示している論文です。

先述したように、本来異常型プリオン蛋白質はそう簡単に不活性化されるものではなく、特別な化学的な処理が必要な場合が多いです。

論文の真偽は実験手法とデータと誰が言っているのか(どのグループから公表されているのか)を多角的に考慮して判断します。
昨今データの不正が問題になっていますが、論文という媒体である以上読む方にもそれなりにリテラシーが求められるのが科学です。

本論文の場合、かなり限定的な実験になっていますが、オゾンのプリオン不活性化への影響を示すには充分であると思います。
そして、もしオゾンによってプリオン蛋白質が不活性化するのが真実であれば、今後神経変性疾患分野でオゾンが大きく取り上げられる日も近いかもしれません。

なぜならプリオン病の感染様式が他の神経変性疾患と関連して述べられるようになってきたからです。

図を書いている様子

認知症の代表といえば、アルツハイマー病です。
アルツハイマー病は世界で最も罹患者が多く、超高齢社会の日本では社会問題となっています。

また、パーキンソン病や多系統萎縮症といわれる疾患も認知症状を引き起こすことが知られています。
これまでプリオン病に関して細かい解説とプリオン蛋白質の異常型がプリオン病発症の原因である旨を丁寧に説明させていただきました。

その理由は近年、他の認知症、神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病)もプリオン病と同じ感染様式を取るのではないかということが学説として発表されたからです。

もちろんまだ学説レベルですし、プリオン病のように蛋白質単体で本当に感染性をもつかどうかは実証されていません。

ただ、プルシナーはノーベル賞受賞の講演の際にアルツハイマー病や他の神経変性疾患もプリオン病のような感染様式をとることを予言していたのです。

プルシナー自身も現在も継続してこの問題に取り組んでいますし、他の神経変性疾患分野の研究者たちがプリオン病の感染様式を他の神経変性疾患も取りうるかどうかを検討しています。

もし、オゾンがプリオン蛋白質の不活性化機能を有しているとしたら、自ずと他の神経変性疾患に関与する蛋白質にも応用可能です。

今後、オゾンが神経変性疾患分野で大きく取り上げられる日もそう遠くはないかもしれません。