オゾンと免疫反応
本記事では免疫系の概要とオゾンがその免疫系にどのような影響をおよぼすかを解説させていただきたいと思います。
特にオゾンがどのように免疫系にはたらきかけるのか、細胞の多様性から理解していただくことを目標にしています。
オゾンとは
オゾン(O₃)とは酸素(O₂)の同位体で、酸素にもう一つOがくっついた化学式O₃で表されます。
オゾンは発生器で容易に発生でき、抗菌・抗ウイルス効果を示し、すばやく空気中の酸素に戻ることができるため、地球にやさしい消毒・抗菌物質として注目されています。
また、オゾンが生体に影響をおよぼす可能性があることも一部で報告されています。特にオゾンは免疫系に対して様々な効果を及ぼすことが示唆されています。
免疫反応とは
免疫反応とは生体内が外的に対して反応する仕組みです。
自己と非自己の認識という言葉で表現され、体内への外敵の侵入を察知し、撃退する役割を担っています。
オゾンが菌やウイルスを殺すはたらきがあることはこれまでも言われています。
ただ、オゾン自体が免疫系に影響をおよぼす可能性があることはあまり知られていないのではないでしょうか。
免疫学という学問領域
免疫機構は免疫学という学問領域にまとめられています。
複雑なメカニズムをもつ生体反応ですが、その中でも免疫系は最も複雑なシステムの一つとして知られます。
なぜ免疫反応が複雑かというと、それだけ刺激が多様であることを意味します。
例えば菌やウイルスはもちろん、大気中の物質から食べ物に含まれる物質まで、その生物が持たない物質が体内に取り込まれたとき、免疫システムは反応します。
それぞれの刺激に対して異なった反応が連鎖的に生じ、登場する役者(細胞)も異なってきます。
まず大雑把に免疫反応に関与する細胞を紹介させていただきます。が、さらにその前に細胞の多様性に関して少し説明し、免疫反応のもつ神秘に触れていきたいと思います。
細胞とはなんでしょうか。細胞(cell)はロバート・フックが顕微鏡をつかって観察を行い、小さな部屋(ラテン語 cella)のようだと考え、名付けたとされています。
ロバート・フックが生きた1600年代は今でいう古典物理学の全盛期で、ロバート・フック自体も物理学者としての側面を持っていましたし(フックの法則)、ニュートンのプリンキピアが執筆されたのもその頃です。
顕微鏡は物理学の知見の結晶で、細胞(cell)の発見はそうした時代背景のもとに到達された科学的な知見のわけです。
日本語の「細胞」をcellの翻訳としたのが誰かはわかりませんでしたが、とにもかくにも、生物(動物・植物)の微細な構成単位を細胞と定義することはこのあたりから始まったのです。
別の記事で簡単に触れさせていただきましたが、生物学は分類学や生態学から生理学へ、そして生化学、遺伝学、分子生物学へ時代とともに移り変わってきました。
特に1900年代に入って生化学や分子生物学が全盛期を迎え、生物の多様性が様々な角度から複合的に記述されるようになり、より一層複雑さが増しました。
細胞の話でいうと、顕微分光学的な発展によって見出された細胞の多様性に遺伝子の話が絡み合い、専門家たちですら把握できないようなレベルになっています。
その中でもポピュラーな免疫系の細胞(CD4陽性T細胞)を例に上げながら細胞の多様性を解説させていただきます。
CD4陽性T細胞とはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染の標的としてしられている細胞です。
CD4陽性細胞は免疫系において根幹を成すはたらきを行っています。
そのため、HIVによってCD4陽性T細胞が破壊されると、免疫反応が正常にはたらかなくなり、AIDS(後天性免疫不全症候群)を発症します。
CD4陽性のCDとは(cluster of differentiation)の略で、細胞表面のマーカー蛋白質を指しており、CD4とはその4番目を意味しています。
CDは全部で350個程度知られていて、CD4はHIVとの関連からも最も有名です。
つまり、CD4陽性とはその細胞の表面にCD4という蛋白質が発現しているということです。
では、T細胞とはなんでしょうか。
T細胞は胸腺(Thymus)でつくられる免疫系を司っている細胞です。
免疫系を司っている細胞はリンパ球(lymphocyte)と総称し、T細胞はその中の一つです。
T細胞は中でも外的の侵入に対してはたらくような免疫系(細胞性免疫)を司っています。
T細胞は更にTh1細胞、Th2細胞、Th17細胞、ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)といった分類が知られ、それぞれ免疫システムに貢献しています。
CD4陽性T細胞はこれらの細胞の元とされ、ナイーブT細胞とも呼ばれています。
つまり、HIVに感染した際、CD4陽性T細胞が感染してしまうと、T細胞が受け持つ細胞内の免疫システムの全てがはたらかなくなってしまうのです。
さて、ここで一つ着眼点の良い方は疑問を持たれたと思います。
それはCD4陽性T細胞とはどこから来たのかという問題です。
HIVによってCD4陽性T細胞が破壊されたとしても新しくCD4陽性T細胞を作る機能を身体は持っていないものかと。
HIVとCD4陽性T細胞の関係を例にこれまで免疫学領域を分子生物学と生化学の観点から説明してきましたが、ここでさらに発生学的な観点を加えます。
簡潔に結論から申し上げますと、CD4陽性T細胞は造血幹細胞(Hematopoietic Stem Cell)からリンパ球系共通前駆細胞(common lymphoid progenitor)を介して分化されます。
先程の話を踏まえて、もちろん造血幹細胞とリンパ球系共通前駆細胞ではCD4は陰性です。
これら細胞が何らかの外的な刺激(物理刺激もしくは化学刺激)によって機能 and/or 形を変えることを分化といいますが、分化は細胞内の遺伝子発現の変化を伴います。
CD4陽性T細胞は造血幹細胞、リンパ球系共通前駆細胞の分化を通してCD4という遺伝子・蛋白質の発現を獲得したのです。
以上の理由からHIVはCD4陽性T細胞を発生学的に根絶やしにする力は持っていません。
なので、CD4陽性T細胞自体を作る力はHIV感染後も持っていると考えられます。
HIVが新しいCD4陽性T細胞を破壊し続ける理由はHIVの独特の感染機構によるとされていますが、こちらは本題の主題ではないのでまた別記事で解説させていただきます。
今、細胞の多様性についてなぜこのような説明の仕方をしたかといいますと、免疫系に限らず細胞の多様性を語るには一定のルールがあるからです。
1.発生学的にどの系譜か(lineage)
2.どのマーカー蛋白質を発現しているか
3.どのような機能を持っているか
これまでの解説からCD4陽性T細胞を当てはめますと、CD4陽性T細胞は
1.発生学的に造血幹細胞由来
2.CD4を発現しており、
3.免疫系に寄与
していることがわかります。
もちろんより詳細な分類や記述は可能ですが、こちらの基本に則っていただきますと細胞の多様性に関して理解しやすくなると思います。
また、少し話が脱線しますが、山中伸弥教授のiPS細胞のノーベル賞はこの細胞のルールに非常に関係しています。
先程も説明させていただきましたように、細胞は発現している蛋白質が非常に重要です。
1.2.3.のルールは全て密接に関連しており、発現している蛋白質によって機能が決まるといっても過言ではありません。
山中伸弥教授とその研究グループはoct4、nanog、c-mic、sox2(山中ファクター)という4つの因子が細胞の初期化に重要であることを見出しました。
すでに分化が終了した細胞(例えば皮膚の細胞)に山中ファクター4つの因子を分子生物学的に強制発現してやると多能性を持った幹細胞(ips細胞)になることを示しました。
ips細胞はもちろん免疫系の細胞への分化もできますし、神経系の細胞にも分化できるため再生医療で注目されているとつながります。
さて、免疫系細胞の一つであるT細胞に感染するHIVを例に細胞の多様性に関して説明してきました。
免疫系の細胞も細胞表面の蛋白質の発現の違いによって細胞は異なった機能を有します。
オゾンとは最初に説明させていただきましたように化学物質です。
そんなオゾンが生体内に取り込まれたとき、オゾン特異的に反応が生じます。
ターゲットはもちろん細胞の表面蛋白質です。
ここで、まずオゾンが免疫系に与える影響について一つレビュー論文「The effects of ozone on immune function. - PMC」を引用し、整理しておきます。
この論文の本文の抄録(abstract)の一文目です。
A review of the literature reveals that ozone (O₃) exposure can either suppress or enhance immune responsiveness.
これまでのレビュー論文はオゾン暴露は免疫反応を抑制または増強することを明らかにした。
とあります。
つまり、オゾンの免疫反応自体への影響は包括的には明らかになっていないのです。
その理由は一重にオゾンがどのように実際に細胞内の反応(細胞内情報伝達系)に影響を及ぼすかが明らかではないからです。
そこで、実際にオゾンの免疫反応へのメカニズムにまで焦点を当てた論文を紹介いたします。
免疫反応の複雑性から見るオゾン
そこで、実際にオゾンの免疫反応へのメカニズムにまで焦点を当てた論文「Hyaluronan mediates ozone-induced airway hyperresponsiveness in mice - PubMed」を紹介いたします。
ヒアルロナン蛋白質はマウスにおけるオゾン誘発性の気道過敏性を介在する
まず気道過敏性とは喘息のような状態で、少しの刺激に対して気道内の炎症反応が生じてしまうような症状を意味します。
オゾンは量によって気道過敏性を生じさせてしまう可能性が一部で報告されており、今回の論文ではヒアルロナン蛋白質がオゾンによる気道過敏性に寄与していることを報告しています。
さて、ここから専門的な話で、どのようにオゾンが気道過敏性を生じさせているかを紹介いたします。
ヒアルロナン蛋白質とは高分子蛋白質で肺の細胞外マトリックスの構成要素で肺損傷はヒアルロナン蛋白質由来低分子フラグメント(HA)を産生し、HAは細胞表面受容体のCD44とトール様受容体4(TLR4)のリガンドであることが知られています。
リガンドとは標的物質という意味の生物系の専門用語です。
そして、HAによって活性化されたCD44とTLR4はNFκBシグナルと炎症性サイトカインの誘発を引き起こします。
NFκBは細胞内情報伝達系の一つで、特に免疫反応との関連が指摘されています。
炎症性サイトカインとは免疫系の反応を進める物質です。
この文章はつまり、HAという物質が生成されると細胞内で免疫反応が進むということを意味します。
本論文ではオゾン暴露がHAの産生を促し、結果としてCD44やTLR4といった受容体を活性化し、さらにNFκBおよびその下流シグナルを活性化と炎症性サイトカインの分泌を促すことを明らかにしました。
この細胞内の現象が気道過敏性を生じさせているというのが彼らの主張です。
少し登場人物が多いことと、結果がわかりにくいかもしれません。
しかしながら、オゾンという化学物質はただ免疫系になんとなく作用があるのではないことがわかります。
具体的にはヒアルロナン蛋白質は基本的に肺にしか存在しないため、オゾンによる免疫反応は肺でしか生じないことがわかります。
さらに、別論文ではオゾンがTLR4を介してホスト(感染される生物)の免疫反応を高めることで細菌への感染を防御する可能性も示唆されています。
つまり、これらをまとめると、免疫反応は生体に必須の反応ですので、オゾンによって免疫反応が起こること自体は悪いことではなく、少し気道の細胞が過敏になる一方で細菌感染は防ぐということを表しているのかもしれません。
本当はもう少し免疫系の具体的な細胞も記述しながら詳細に説明したかったのですが、オゾン研究の中で特に生体との関連は免疫系は最も進んでいるため、今回の一回だけでは記述しきれないところがあります。
今後さらに研究論文をまとめながら皆さんにオゾンが免疫系に与える影響の情報をお届けできたらと思います。