畜産業におけるオゾンの利用
牛舎に並んだ牛たち。
朝早くから始まる乳しぼり。
のどかな農村の情景ですが、そこに漂う何とも我慢できない臭い。
慣れてしまえば何ともないのですが、近くの住人にとっては何とも困った問題なのです。
ところが、最近この臭いが気にならない農場が出てきています。
どんな工夫がされているのでしょうか?
ここでは、畜舎の臭い対策や家畜の感染症対策におけるオゾンの利用について勉強します。
目次
・1. 畜産業での悪臭問題
・1.1. 畜産業にでの悪臭問題の現状
・1.2. 悪臭に対する法令
・1.3. 臭いの評価のしかた
・1.4. 臭いの規制について
・1.5. 畜産業での臭気対策のポイントと事例紹介
・2.家畜感染症原因菌のオゾンによる殺菌
・2.1.家畜の感染症
・牛疫
・牛肺疫
・ウエストナイルウイルス感染症
・日本脳炎
・狂犬病
・リフトバレー熱
・ブルセラ病(ブルセラ症、地中海熱)
・ヨーネ病
・馬伝染性貧血
・アフリカ馬疫
・小反芻獣疫
・ニューカッスル病
・腐蛆病(ふそびょう)
・2.2.家畜感染症原因菌のオゾンによる殺菌効果
・口蹄疫
・水胞性口炎
・豚水胞病
・伝達性海綿状脳症(プリオン病)
・定型・非定型スクレイピー
・家禽サルモネラ感染症(ひな白痢、および家きんチフス)
・高病原性鳥インフルエンザ
・豚コレラ
・炭疽病
・結核病
・3.家畜寄生虫のオゾンによる駆除
・ピロプラズマ病
・アナプラズマ病
・4.畜舎内外の設備・備品等のオゾンによる殺菌
・5.まとめ

1. 畜産業での悪臭問題

畜産業が当面している問題に、畜舎の臭い対策と家畜の伝染病予防対策があります。まず、悪臭問題について、日本でのその現状、悪臭の原因物質とその評価法、悪臭に対する法的規制の現状などについて説明します。
(1)畜産業にでの悪臭問題の現状
公益社団法人「におい・かおり環境協会」による悪臭に対する苦情件数統計によると、全産業の苦情件数が減少傾向であるのに対して、畜産業における苦情件数は2007年頃から急増していて、一向に減る様子が見られません。
直近での畜産業での悪臭苦情件数は、全産業種比10%を超えています。
このように、畜産業に関連して発生する臭いへのクレームが減らない理由は、
・農村地域の都市化が進み、その結果、畜産農家と住宅地域が近接してきた
・畜産業の大規模化に伴う畜舎の大型化や飼育動物数の増加により、動物臭や糞尿臭が 増大している
・町が近代化し、環境美化が進むにつれて、住⺠が畜産農家から出る臭いに以前ほどは 寛容でなくなってきている
などによるものです。
苦情件数が多いのは養牛業で、次いで養豚業、そして養鶏業の順です。
このような状況の中で、住⺠側と畜産農家側の言い分がかみ合わず、場合によっては訴訟にまで至るケースも出てきています。このため、現在は、住⺠からの被害申し立てに応じて市町村が農場の悪臭の度合いを調査し、状況に応じて農家に対して行政指導を行う制度ができています。
畜産の臭気対策について
(2)悪臭に対する法令
事業所の出す臭いに対する規制を行うための法律として「悪臭防止法」があります。この法律は、市町村が、臭いの基になる特定悪臭物質あるいは臭気指数を測定し、それに基づいて規制を行うものです。
特定悪臭物質とは、悪臭の原因となることが分かっている22種類の成分のことで、アンモニア、硫化水素、トリメチルアミンなど、それぞれ特有の嫌なにおいを発する物質です。
(3)臭いの評価のしかた
臭気指数とは、臭気を発生する物質の濃度を人の感覚でとらえやすくするために作られた指数で、臭気判定士が臭いをかいで判定します。
臭気指数は、対象となる臭いを薄めていき、臭気判定士が臭いを感じなくなった時の希釈率で数値化したものです。
つまり、何千倍にも希釈しないと無臭化しない臭いの臭気指数は高く、数倍希釈すれば無臭化する臭いの臭気指数は低くなります。
臭気指数の目安としては、梅の花が10、ジンチョウゲの花が20、たばこが30、にんにくが45程度です。
また、臭気強度というより分かりやすい基準も用いられます。こちらは、実際の臭気を発する現場で、3 人以上の測定者が 10 秒おきに臭いをかいでその強さを集計して表すもので、0の無臭から5の強烈な臭いまでの6段階評価です。
特定悪臭物質の濃度は、化学分析により数値化できるものですが、臭気指数と臭気強度は人の感覚にたよって作られる数値です。
このような特定悪臭物質の濃度と臭気指数や臭気強度の関係は、地震のマグニチュードと震度の関係に似ていると言えます。
(4)臭いの規制について
臭気強度は、悪臭防止法の「敷地境界線における規制基準」で利用される指数で、臭気強度が 2.5を下限、3.5を上限として規制がかかります。
問題となっている臭気が、規制範囲に入った場合には、特定悪臭22物質の濃度と臭気指数がチェックされます。
特定悪臭物質の規制対象となっているのは養豚業に多く、養牛業では少なくなっています。
また、臭気指数規制の対象となっているのは養牛業で目立ち、次いで養豚業で多くなっています。
(5)畜産業での臭気対策のポイントと事例紹介
畜産業での臭気発生源については、
・畜舎から常に発生している悪臭畜舎に染みついた家畜の臭いや糞尿の臭いが、建物全体や換気扇から外に拡散されるものです。
・糞尿処理に際して発生する臭い糞尿処理や排水処理に伴う臭いなどで、強烈ですがすぐに収まる場合が多いです。
・牛の飼料を保管しておくサイレージ(サイロ)中の飼料の発酵に伴う臭い
通常は、乳酸発酵に伴う良い臭いですが、サイレージ内の温度・湿度調節が不適切な場 合には発酵が進まず、酸敗臭が発生します。
などがあります。
悪臭の除去には、その発生をできるだけ抑えることが重要ですが、家畜を飼育している限り、臭いを完全に抑え込むことはできません。そこで、発生した悪臭を分解・除去する方法が模索されてきました。その方法とは、畜舎内の臭気を薄めて外に放出する大気拡散と、オゾン脱臭装置などの脱臭装置の使用です。
前者の方法は、畜舎の設置条件によっては、特定の住宅に集中的に悪臭を振りまくことにもなり、根本的な解決法とは言えません。これに対して、脱臭装置は、臭い自体を消し去ることができるため、根本的な対策につながる有望な方法です。
脱臭装置による悪臭対策の実例を示します。
まず、豚舎内部でオゾンを噴霧して脱臭を行っている養豚農家があります。ここでは、 オゾンは豚舎内の天井部分から多方向に噴霧し、豚舎内のオゾン濃度が均一になるよう に工夫されています。
オゾン噴霧は、人が豚舎内にいない時は連続して行われます。オ ゾンの濃度は、0.05ppm と極めて薄いため、豚を飼育しながらの殺菌が可能です。
豚舎臭について、全面スノコ豚舎への建替えとオゾン噴霧により抑制している養豚農家
引用元はコチラ
次に、豚舎の排出口に、2段階のハニカムフィルターを設置して脱臭を行っている養豚農家があります。
豚舎の排気口に設置した1段目のフィルターは豚舎内のアンモニアと粉じんの除去用で、2段目のフィルター表面には生物膜が貼ってあり、それにより臭気成分を脱臭しています。
また、脱臭装置とは違いますが、牛舎・サイレージの出入り口にチョコレートの香りのする芳香剤を置き、清掃時の牛糞の移動や堆肥の切り返し作業などで強い臭気が発生する際には、チョコレートの香りの芳香剤の噴霧によって臭気を消している所もあります。
では、オゾンを使った脱臭とはどのようなものなのでしょうか。
オゾンは空気中では分解して、安定な酸素分子(O2)と酸素原子(O)に変わります。
酸素原子は他の物質と結合して安定化します。
臭い成分とも好んで結合して、臭い成分を違う成分に変えてしまうため、臭い自体が消えてしまいます。
この原理から、オゾン消臭は、チョコレートの香りや芳香剤のように、違う種類の香りで悪臭をカバーするのとは根本的に違っています。一方、フィルター消臭には、通常、臭い成分を吸着して脱臭する活性炭が使われています。
その吸着能力は、オゾン消臭とは比較にならないほど低いものです。
これらのことから、畜舎内の消臭には、ハイパワーのオゾン発生器を使ったオゾン消臭除菌が最適であると言えます。
2.家畜感染症原因菌のオゾンによる殺菌

家畜の伝染病は、時として大流行して、その都度、畜産業に大きな爪痕を残してきました。
家畜には、その動物に特有の多種多様な感染症があります。
家畜伝染病の撲滅には根本的な治療法、すなわち、抗感染症薬の開発が必要ですが、現状の取り組みは非常に遅れています。
ここではまず、ふだん、余り耳にすることのない家畜の感染症の種類について触れ、続いて、その対策として、オゾンによる家畜感染症の原因菌の殺菌法について解説します。
家畜疾病図鑑Web
(1)家畜の感染症
牛疫

牛疫ウイルスによる牛や山羊の伝染病で、激しい下痢症状を起こして死亡する病気です。ヨーロッパで18世紀に大流行して2億頭もの牛が死亡したこともあり、恐れられています。日本では1922年に、世界的には2011年に制圧宣言が出されています。
農林水産省 牛疫について
牛肺疫

牛肺疫マイコプラズマ菌を原因とし、牛が感染すると呼吸器の障害を引き起こして死亡する確率の高い感染症です。日本では、1941年以降は発生していませんが、アフリカなどでは現在でも発症が続いています。マイコプラズマは細菌の一種ですが、細胞の周りを囲む細胞壁を持たないため、細胞壁を作ることを阻害するタイプの抗生物質に対して抵抗性を持ち、撲滅が困難です。
ウエストナイルウイルス感染症

このウイルスは、アフリカの西ナイル地方で人から分離されたもので、蚊を介して人や家畜に伝染する人獣共通感染症です。人にも感染しますが重症化はしません。日本での発症例はありませんが、1990年代以降、ヨーロッパやアメリカなどでも流行しています。馬が感染して重症化すると死亡率の高い病気です。蚊の発生防止対策とワクチン接種が有効です。
日本脳炎

出典:さいたま市 日本脳炎
コガタアカイエカが媒介する人獣共通感染症で、感染しても発病することは稀ですが、いったん発病すると致死率の高い病気です。ブタでの感染例が多く、西日本中心に多くの豚が感染しています。このため、養豚場の近くの住民に関連リスクが高いと考えられます。ワクチン接種により、高い確率で感染を防げます。
国立感染症研究所 日本脳炎Q&A 第2版
(平成21年6月4日一部修正)
狂犬病

犬だけの病気ではなく、牛、豚、馬や人も感染して、発病すると100%死亡するという恐ろしい人獣共通のウイルス感染症です。感染源は、コウモリ、アライグマ、キツネなどで、日本での感染例は1957年以降は、犬でも報告されていません。
岐阜大学農学部 獣医公衆衛生学講座
リフトバレー熱

リフトバレー熱ウイルスによる人獣共通感染症で、自然界では、ヤブカを介して羊に感染し、羊での死亡率が70%以上と非常に高い病気です。
人には、蚊やそのほかの吸血昆虫を介して感染します。日本での発生例はありません。家畜用の予防ワクチンが開発されています。
厚生労働省 リフトバレー熱
ブルセラ病(ブルセラ症、地中海熱)

ブルセラ菌による感染症で、牛、豚、ヤギ、犬、ヒツジなどの多くの家畜で発症が知られています。家畜は、死産、流産を起こしますが、抗生物質が有効です。
人は、殺菌不十分な感染家畜の肉、乳製品を摂取した際に極めて稀に発病し、インフルエンザに似た症状を呈し、致死率も高い病気です。
厚生労働省 ブルセラ症
ヨーネ病

牛、ヤギなどがヨーネ菌に感染して起きる伝染病です。牛が、慢性の下痢と乳量の減少から死に至る重病で、日本でも発症が多く、経済的損失も無視できません。
糞便中に排泄されたヨーネ菌がほかの牛に感染して広がります。
2006年にできたヨーネ病防疫対策要綱に基づき、感染牛の殺処分や農場の消毒対策が行われています。
馬伝染性貧血

馬に特有の病気で、アブの仲間の吸血性昆虫が媒介する馬伝染性貧血ウイルスによる感染症です。熱や貧血を伴い、重症化すると死亡することもあります。有効な治療法がないため、感染馬は殺処分されます。
過去には、年間で1万頭もの殺処分がなされたこともある馬産業にとって重大な病気でした。1984年以降発生が無くなっていましたが、2011年に感染馬が見つかり、ウイルスが完全に除去されていないことが判明しました。
家畜の監視伝染病 馬伝染性貧血
(equine infectious anemia)
アフリカ馬疫

出典:Wikipedia ヌカカ
ヌカカなどの吸血性昆虫が媒介するオルビウイルス感染により発症する馬の感染症です。
主に、アフリカのサハラ砂漠以南が感染地帯で、日本での発生はありません。肺炎や浮腫を主症状として死亡率の高い病気です。
小反芻獣疫

小反芻獣疫ウイルスによる羊や山羊の感染症で、下痢や呼吸障害を起こして死に至る感染性の高い病気です。
アフリカを起源として、南・中央アジアから中国にまで感染地域が広がってきています。日本での発生はありません。汚染国ではワクチン療法が行われています。
ニューカッスル病

ニューカッスル病ウイルスによって引き起こされる鳥の感染症で、とくに、鶏を含むキジの仲間に良く感染します。
感染した鶏の糞の排泄物中に含まれるウイルスの接触感染で人にも感染することがありますが、稀です。
ワクチンの投与で予防可能です。鶏舎へのウイルス侵入を防止のために、衛生管理の徹底に併せて、防鳥ネットなどでの鶏舎への野鳥の侵入防止も試みられています。
腐蛆病(ふそびょう)

腐蛆病菌が原因菌となって起こる蜜蜂の伝染病で、アメリカ腐蛆病とヨーロッパ腐蛆病の2種類があります。感染した幼虫やさなぎが腐るという症状が特徴的です。
人への感染はありませんが、アメリカ腐蛆病が発生すると、芽胞(菌体が殻で覆われたような耐久性のある構造体)が周辺の土壌や巣に散らばるため、その後の処理には、芽胞を除去する作業が必要です。
以上の感染症の多くは治療法が開発されておらず、感染個体は基本的には殺処分し、殺菌剤を使った畜舎内部や周辺部分の殺菌が行われます。
また、アルカリ成分に弱いウイルスに対しては、消石灰を鶏舎周辺に散布して感染を予防します。
(2)家畜感染症原因菌のオゾンによる殺菌効果

このような家畜感染症に対して、オゾンは効果的なのでしょうか?
オゾンが分解した時に生じる酸素原子は他の物質と強く反応する性質があります。反応する物質が細菌やウイルスなら、それらの細胞膜を破壊して、死滅させてしまいます。
この反応は他の殺菌剤にはない強力なもので、大腸菌、黄色ブドウ球菌、化膿レンサ球菌や、インフルエンザウイルスなどを完全に殺菌します。
このため、決定的な治療法のない家畜伝染病の予防に、オゾンガス散布は非常に有効であると考えられます。
次に、病原菌に対するオゾン効果を示す実験結果が報告されている家畜伝染病を紹介します。
口蹄疫
牛や豚などが口蹄疫ウイルス(FMDV)に感染して発症する病気で、伝染力が強く、2010年には日本で21万頭が感染して2000億円以上の損害が出ました。口、鼻、蹄、乳頭にできる水疱が特徴的で、発熱や歩行困難になります。
ウイルスの感染は、水疱内容物、糞便、乳汁などへの接触感染のほか、空気感染もあります。このウイルスは、高温や、酸・アルカリに弱いため、加熱・石灰・クエン酸などで汚物処理が行われています。
水胞性口炎
馬、牛、豚などが感染する口蹄疫に良く似た法定伝染病で水疱性口炎ウイルス(VSV)により感染します。ダニや蚊の吸血性昆虫が媒介する水胞性口炎ウイルス感染症で、アメリカが感染地域。
蹄や口腔内の水疱や発熱、よだれが主な症状で、ヒトにも感染してインフルエンザのような症状を現しますが、1週間程度で治ることが多い病気です。
豚水胞病
熱やpH変化に強い抵抗性を持つ豚水胞病ウイルス(SVDV)の感染症。四肢にできる水疱が特徴的な病気で、口蹄疫に似ていますが、死亡例は余りありません。
家畜の監視伝染病 豚水胞病
(swine vesicular disease)
超微細高密度オゾン水による殺ウイルス効果試験
次に、超微細高密度オゾン水のFMDV、SVDV、VSVに対する殺菌効果を調べたデータがあります。その結果は、FMDVとSVDVは1mg/ℓで殺ウイルス効果を示しました。
一方で、SVDVは、3mg/ℓの高いオゾン濃度で殺菌されました。このように、SVDVのような強い菌に対しては、より高いオゾン濃度が必要とされることが明らかになっています。
日本獣医師会雑誌 超微細高密度オゾン水による殺ウイルス効果試験
口蹄疫関連ウイルスが酸やアルカリに弱い性質を利用した殺菌法は、畜舎全体のような広いエリアで行うことは困難です。これらの結果は、オゾン処理が、このウイルス除去にとって極めて有効な手段であることを示すものです。
伝達性海綿状脳症(プリオン病)
プリオン病は脳に多く含まれているプリオンと呼ばれるたんぱく質の構造が変化して、この異常なたんぱく質が神経内部に蓄積し、神経細胞を変性させて起こります。
プリオン病にはいくつかの種類があり、牛の伝達性海綿状脳症(狂牛病、BSE)と人のクロイツフェルト・ヤコブ病が代表的な病気で、人が発病すると、脳にスポンジ状の空胞ができて痴呆症状を示し、1~2年で死に至ります。
治療法は現在のところ開発されていません。肉骨粉を通じた感染が疑われたため、1996年にイギリスでBSEパニックが起こったことで有名です。
定型・非定型スクレイピー
スクレイピーは、めん羊と山羊のプリオン病です。脱毛、ふらつきなどの運動障害や異常行動、神経過敏症状といったプリオン病特有の症状を示して死亡します。
通常は伝染性の病気で定型スクレイピーと呼びますが、伝染しないタイプもあり、非定型スクレイピーと呼びます。両スクレイピーとも、人には感染しないと考えられています。
千葉県畜産協会 家畜衛生だより
プリオンは、バイオ系の実験で一般的に使われている高温・高圧での滅菌処理をしないと、変性して不活性化しないほど、強い構造を持っています。オゾンには、このプリオンの構造を破壊する可能性を持つという指摘があります。
オゾンが分解して放出される酸素原子は、他の物質と強く反応して酸化してその構造を破壊する性質があります。この特性が、プリオンに含まれる炭素原子同士の結合を破壊し、プリオンの構造を変えて不活化させる可能性が高いというのです
Killing prions with ozone
引用元はコチラ
また、海外では、屠殺場からの排水中に、感染性プリオンが残存する可能性のあることが危惧されています。そこで、排水中のプリオン不活化に必要とされるオゾン濃度について調べた報告があります。
その結果、10mg/ℓ~40mg/ℓ以上の高濃度のオゾン投与により、プリオン不活化が行えることが明らかになりました。
Ozone inactivation of infectious prions in rendering plant and municipal wastewaters
引用元はコチラ
このように、まだ検討結果は十分とは言えませんが、オゾンはプリオン病に対しても使える可能性があり、今後、その利用に関するより詳しい検討が行われることが期待されます。
家禽サルモネラ感染症(ひな白痢、および家きんチフス)
鶏・あひる・七面鳥・うずらの法定伝染病で、サルモネラ菌に感染することで引き起こされます。ひな白痢は、幼鶏に、家禽チフスは成鶏に多く発生し、灰白色の下痢による総排泄腔の汚れが特徴的です。日本での発病は1975年以降激減しています。
サルモネラ菌に対するオゾン水の効果を示すデータがあります。
約1億個のサルモネラ菌入り溶液に対して、500~3000倍量の4~10ppm程度の薄いオゾン水が一瞬で殺菌効果を示したとの報告です。
鶏卵表面に付いたサルモネラ菌も1分間のオゾン水洗浄で殺菌されました。
超微細高密度オゾン水のSalmonella Enteritidisに対する殺菌効果と応用
高病原性鳥インフルエンザ
A型インフルエンザウイルス感染による、感染力が強く、死亡率が高い鶏などの病気で、感染が広がると養鶏業に大きな打撃を与えるため、家畜伝染病に指定されています。無症状でいきなり死亡することが多くあり、大量のウイルスが糞や分泌物に混じって鶏舎中にばら撒かれて感染が広がります。
2010年から2011年にかけて日本で感染が広がり、200万羽近い鶏が殺処分されました。稀に人にも伝染し、その場合、非常に高い死亡率となります。
インフルエンザウイルスは強いアルカリ成分に弱いため、消石灰を鶏舎周辺に散布して感染予防します。
これに対して、オゾンガスを使った殺菌法が検討されています。オゾンは、実験室内でA型インフルエンザウイルスを1分間で不活化するとのデータがあります。
こうしたことから、鳥インフルエンザの予防には、鶏を一時別の場所に移した上で、鶏舎内にオゾン発生器を設置し、オゾンを長時間発生させて殺菌を行うという方法が考えられます。
この場合に用いるオゾン発生器はなるべくハイパワーで、強力なファンを持つタイプが望ましいと考えられます。
感染力の弱い低病原性鳥インフルエンザという病気もあります。
以上、家畜伝染病の病原菌に対するオゾン効果を示す実験結果のいくつかを紹介しました。ただ、これらは、実験室内で病原菌をオゾン水に接触させて、オゾン水の殺菌効果を調べたものです。
以下に、実際に畜舎内でオゾンを使って殺菌できる可能性が指摘された、いくつかの伝染病を紹介します。
豚コレラ
豚コレラは、ブタやイノシシに発生する豚コレラウイルスによる感染症ですが、人には伝染しません。ブタやイノシシには強い感染力と死亡率のある病気で、本年に入ってからも、岐阜、愛知、長野、滋賀、大阪府で発生が確認され、多数の豚が殺処分されました。
農林水産省 豚コレラについて
この病気への対策として、水分子の中に超高密度でオゾン分子を溶け込ませたオゾン分子水を作る装置を愛知県の企業が開発しました。
オゾン分子水は、通常のオゾン水の1500倍もオゾンが水中に留まりやすいため、配管を通じて、農場全体に高い濃度のオゾン水を行きわたらせることができます。
この水を豚に飲ませることにより、口や鼻に付着したた菌を殺菌できるとしています*42。
アースシンク55 オゾン分子で防疫
※豚コレラに似た名前の「アフリカ豚コレラ」と「家きんコレラ」という病気がありますが、全く別物です。
炭疽病
炭疽菌の感染症です。この菌は、土の中にいる納豆菌の仲間の細菌で、コッホによって人類史上初めて発見された病原細菌です。炭疽菌は、環境条件が悪化すると芽胞を作り、休眠に入ります。
炭疽菌の芽胞を動物が食べると体内の良い環境中で炭疽菌が目覚めて、再び活動を開始します。炭疽菌に犯された動物は、血液が菌まみれになって死んでしまいます。
死骸から出た炭疽菌は周りの環境中にばらまかれ、または芽胞となって延々と蔓延していきます。このようなことから。この菌の完全な撲滅はとても難しいものです。
植物に感染した炭疽菌の殺菌を、オゾン水を使って試みた報告を紹介します。
炭疽病に感染したイチゴ苗にオゾン水(5mg/ℓ)を潅水、あるいは散布した結果、一般の殺菌剤よりも弱いながらも一定の効果を示しました。大きな効果が出なかったのは、オゾンに定着性がないためと思われます。
このデータは家畜についてものではありませんが、オゾンの炭疽病菌の殺菌力を示す一例です。ただし、炭疽菌のように芽胞を作る菌の殺菌は容易ではなく、オゾンを一般の殺菌剤と併用するなどして、その殺菌力を強めて対応する必要があります。
結核病
ウシ型結核菌による呼吸器感染症で、家畜や汚物との接触を通じて動物や人にも感染する伝染病です。咳や呼吸困難から全身症状が悪化して死に至ります。最近は菌の排除が進み、発見される保菌牛は0.01%以下にまで減っています。
結核は空気感染するため、人の結核感染予防のために、病院の待合室などに低濃度タイプのオゾン発生器を設置するところもあります。
病院と同様に畜舎内に低濃度タイプのオゾン発生器を設置して、家畜の結核感染を予防することが可能であると考えられます。
このように、家畜伝染病対策にオゾンが使われているいくつかの実例がありますが、まだまだ少なく、今後の一層の利用拡大が求められます。オゾンの利用方法として最も効果的なのは、畜舎内にオゾンガスを噴霧して、畜舎内をオゾンガスで充満させ、一気に殺菌を行うという方法です。
ただ、この方法では、家畜を一時的に畜舎から外に避難させる必要があることと、高濃度のオゾンガスを噴霧するため、作業者の十分な対応が求められることに注意が必要です。
3.家畜寄生虫のオゾンによる駆除

家畜の病気として、感染症のほかに多いのが寄生虫病です。寄生虫には、体内に寄生する内部寄生虫と体外に寄生する外部寄生虫がいます。牛・豚・羊などの内部寄生虫では、消化管線虫、条虫を始め、鞭虫、肺虫、肝蛭などが、外部寄生虫としては、ダニやヒルがいます。
線虫を始めとした多くの寄生虫は、野外で孵化し草に付着するため、家畜が牧草を食べて感染します。また、畜舎内の敷き藁からも感染することがあります。
公益社団法人 畜産技術協会 疾病の予防と手当(内部寄生虫症)
線虫には駆除薬がありますが、その他の寄生虫には効きません。一方、オゾンガスは大型の生物には効果がなく、これらの寄生虫駆除には利用することができません。
家畜の寄生虫としてはこのほか、クリプトスポリジウムという原虫の一種の感染症が畜産業では大きな問題を引き起こします。原虫とは、細菌やカビに近い下等生物で、クリプトスポリジウム原虫は、家畜・ペットにクリプトスポリジウム症を引き起こし、感染個体の糞便が水源を汚染して人にも感染する人獣共通感染症を引き起こします。
クリプトスポリジウムは、塩素に強い抵抗性を持っているため、次亜塩素酸ナトリウムのような塩素系の薬剤は効果がありません。一方、オゾンは、他の細菌に対するのと同様に、クリプトスポリジウムに対しても十分な作用を持つことが明らかにされています。
すなわち、0℃の時、42.4mg/ℓ/分のオゾンに暴露すると、この原虫を99.9%不活化させることができました。これはかなり高い濃度ですが、この位にしないと、オゾンが原虫の細胞膜を壊して中に入り、活動を停止させるまでには至らないということです。
ただし、この殺菌作用は気温に依存するため、気温が20℃あると、1mg/ℓに2・3分のオゾン暴露で、99%不活化できるとされています。
オゾンによるクリプトスポリジウムの消毒とオゾン消毒効果の定量化に関する研究
このように、クリプトスポリジウム感染に対してはオゾン殺菌が非常に有望であるとして浄水場でも使われていて、今後の利用拡大が大いに期待されます。
次に、家畜の原虫感染症としてピロプラズマ病の例を示すとともに、ピロプラズマ病に似たアナプラズマ病について紹介します。
ピロプラズマ病
ダニが媒介する牛のピロプラズマ原虫感染症で、発熱や貧血症状を示します。治療薬には抗原虫薬のジアミジンや抗生物質が使われますが、副作用の問題も含んでいます。日本での感染牛は1978年をピークに、その後は、沖縄県を除いて減少しています。感染予防対策として放牧場で殺ダニ剤が使われています。
アナプラズマ病
ダニが媒介する牛の細菌感染症で、微生物の一種のリケッチャが原因で発症し、ピロプラズマ病と混合感染している場合が多くあります。リケッチャが血液に感染した牛では、発熱、貧血、黄疸症状が現れます。
ピロプラズマ病に比べて完全制圧が難しい病気です。この2種類の感染症は、クリプトスポリジウムに近い種類の原虫が関係しているので、オゾンによる殺菌効果が期待できます。
また、ダニに対しては、直接ダニを殺傷することはできませんが、ダニがオゾンを嫌って逃げるため、ダニの除去効果が見込めます。
4.畜舎内外の設備・備品等のオゾンによる殺菌

畜舎内外の装置、備品を始め、配水系の殺菌に、オゾンが大いに利用されています。
また、殺菌に加えて脱臭もできますので、オゾンの利用価値は大きなものです。これに関して、ユニークな装置が開発されているので紹介します。
高濃度オゾン水製造装置を用いて、農場入り口に設置するタイプの車両消毒装置が開発されました。
この装置は約2ppmの高濃度のオゾンを発生できるにもかかわらず、車両1台当たりにかかる殺菌コストが約5円と、一般的な殺菌剤よりもはるかに低コストです。
また、この大型装置に併せて、キャリーバッグタイプの移動式小型装置も開発されています。
5.まとめ
オゾンガスは強力な殺菌作用を持つだけでなく脱臭効果にも優れていて、畜産業の持つ感染症対策と悪臭対策という2つの大きな問題を一挙に解決してくれる優れたアイテムです。
これで、事業者と住民とのトラブルが少しでも収まってくれたらいいのですが。
でも、のどかな牛の声に混じって、どこからともなく流れてくるあの臭いが全く無くなってしまうというのも、なんだか寂しい気がしますね。