オゾンと神経

抗菌・抗ウイルス効果を示すオゾンですが、それ以外にも化学物質として生体内に影響を及ぼすことが示唆されています。
つまり、オゾンそれ自体が生体反応を変化させうるということです。

このコラムでは、オゾンが神経に与える影響を英語論文を引用しながら紹介させていただきます。

抗菌・抗ウイルス効果図

オゾン(O₃)とは酸素(O₂)の同位体で、酸素にもう一つOがくっついた化学式O₃で表されます。
オゾンは発生器で容易に発生でき、抗菌・抗ウイルス効果を示し、すばやく空気中の酸素に戻ることができるため、地球にやさしい抗菌物質として注目されています。

神経イメージ画像
研究室
研究の様子

こちらはメキシコの研究グループの論文で、オゾンを公害のファクターと捉えて、オゾン暴露によって神経系にも影響が出るのではと仮説を立てて検討を行っています。

特にオゾンが活性酸素の発生を誘引することに着眼しています。
神経変性疾患でも同様に活性酸素が発生していることから、オゾン暴露によって脳内に活性酸素がたまり、それによって神経変性疾患のような脳内になるのではと彼らは想定しました。

実際にラットにオゾン暴露を行うと、海馬のCA1錐体ニューロンの樹状突起スパインの密度が減少し、物体-場所認知記憶が障害されることが見出されました。

CA1錐体ニューロンの樹状突起スパインの減少とそれに伴う認知機能の衰退はアルツハイマー病の主症状です。
よって彼らは本結果からオゾン暴露によってアルツハイマー病のような症状が脳内に生じる可能性があるのではと言及しています。

先程の論文と比べると生物系の論文だなぁという印象を受ける本論文ですが、ここで科学界ではよくある学説が2つに割れるパターンが見受けられます。

オゾンに対してオゾン療法の研究を引用して神経系へもオゾンが良い影響を及ぼすのではと考えて実験を行った前者の論文とオゾンと環境への影響、活性酸素の発生に着眼し、神経変性疾患との関連からオゾンの神経細胞への毒性を評価した後者の論文。

こうした議論に対して良く引用されるのはカハールのニューロン説とゴルジの網状説の話です。
まだ高倍率の顕微鏡ができていなかった時代には神経細胞がどのように脳を形成しているかは明らかでありませんでした。

カハールは細胞同士が小さな隙間を作って、いくつもの神経細胞が連絡を取りあって脳を作っているニューロン説を主張しましたが、一方ゴルジは少数の神経細胞が網状になって脳全体に情報を送っている網状説を主張しました。

どちらも一歩も引かず、1906年に互いにノーベル賞を受賞しました。
その時の受賞講演は互いの説を否定し合った中々見るに耐えないものであったそうです。
後に顕微鏡が発展し、より神経細胞の拡大図が見えるようになると、神経細胞同士の隙間(シナプス間隙)が観察され、カハールのニューロン説が正しかったことが証明されました。

しかし、ゴルジの実験や説が無駄だったかというとそんなことはなく、ゴルジが網状説を唱えるに際して使用した染色法はゴルジ染色として現在でも神経細胞を染色する一般的な手法として浸透していますし、ゴルジが歴史上最も優れた科学者の1人であることはノーベル賞の受賞からも疑う余地がありません。

他にも同じような実験条件で全く異なる結果が出たり違う結論が導き出される例は科学界では枚挙に暇がありません。
今回のオゾンのケースでも一見結果は異なりますが、例えばオゾンの影響は弱齢期と成熟期では異なるケースや実験条件の違いによるケースなどいろいろ理由は考えられます。

また、二番目の論文ではオゾン暴露が神経変性疾患のような症状が出ることを主張していますが、現在でも神経変性疾患の発生機序はよくわかっていません。

先述したようにオゾンの学術領域に対して1000倍以上の規模である神経変性疾患領域で、アルツハイマー病といえば誰でも知っている病気でありながらまだ疾患機序はほとんどわかっていないのです。

現在最もわかっていることはアルツハイマー病の患者ではアミロイドβとタウという蛋白質が凝集化して脳内に蓄積していて、それは認知機能の衰退より数十年先立って起きるということぐらいです。

オゾンのアルツハイマー病の発症への関与を記述するにはせめてオゾン暴露によって脳内にアミロイドβやタウが蓄積するかどうかを評価するべきでしょう。

オゾンは抗菌・抗ウイルス効果があることは前提として、神経にも影響を及ぼすことがあるようです。
虚血性低酸素脳症に対しては治療効果がありながら、健常状態では海馬の錐体ニューロンを破壊してしまう可能性もあることが先行研究で報告されています。

一見したこの結果の矛盾が実験条件の違いによるのか、彼らの主張の違いによるのかはわかりませんが、神経とオゾンは先行研究もまだまだ少なく、今後のさらなる検討が期待されます。

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